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親の物忘れが増えてきた、通帳や不動産の管理が心配――そんな不安に向き合うとき、まず押さえたいのが「家族信託」と「成年後見」の違いです。家族信託は元気なうちに財産の使い方・渡し方を設計するしくみ、成年後見は判断力が落ちた後に暮らしと契約を法的に守るしくみです。
ここでは、目的・権限・始め方の3軸で両者を整理し、どちらが自分たちに合うかを、具体的なケースと実践のポイントから分かりやすく解説します。
家族信託は「財産管理を任意の範囲で委ねられる契約」であるのに対し、成年後見制度は「身の回りの面倒を中心に支援してもらう一環で、最低限必要な範囲で財産管理をしてもらう制度」といえます。
家族信託と成年後見制度の違いをよりわかりやすく整理すると、次の3点に集約できるでしょう。
●制度の目的
●支援者の権限(どこまでできるのか)
●支援を始める時期(いつから財産管理などを始められるのか)
比較項目 | 家族信託 | 成年後見 |
---|---|---|
目的 | 生前の管理・運用と、亡くなった後の渡し方を前もって決める | 判断力が落ちた後の手続や暮らしを守る(身の回りのことも含む) |
できること | 受託者が契約で定めた範囲の管理・運用を実行 | 後見人が広く代理し、不要な契約は取り消せる |
始め方 | 信託契約の締結 | 家庭裁判所での審判の申立て |
根拠法 | 信託法 | 民法(親族法) |
家族信託は、自分の財産の一部または全部を切り出して「どう管理するか、最終的に誰に帰属させるのか」を決めておくしくみです。信託契約がひとたび発効すると、その契約は決められた信託の終了事由が発生するまで本人の状態にかかわらず有効となるため、結果として認知症や相続に向けた対策となります。
一方の成年後見制度は、本人の判断能力が低下していることを前提に「本人を守るため、後見人(保佐人あるいは補助人)が代わりに契約やお金の管理をする」しくみです。法律に沿って運用されており、その目的上、本人が生存しているあいだのみ制度による保護の対象となります。
家族信託では、信託契約で定める範囲内なら自由に支援を行えます。不動産の売却や融資契約なども、本人が認める限り自由です。もし「受託者の能力についてまだ不安がある」といった場合には、権限を制限したり、信託監督人を置いたりすることも可能です。
一方の成年後見制度では、後見人に「代理権」と呼ばれる強い権限が与えられるものの、重要事項は本人の意思にかかわらず法律および家庭裁判所の許可の範囲でしか行えません。たとえば、スマートフォンの契約や賃料収入の受け取りなどは自由にできますが、本人の住む家(居住用不動産)の売却や融資・投資を行うには裁判所の許可や本人の意思に沿った合理的な理由が必要とされています。
なお、成年後見制度のなかでも「任意後見」という枠組みを利用すれば、あらかじめ本人の意思で受託者の権限について幅広く定めておくことが可能です。しかし、家庭裁判所が選任する「任意後見監督人」のチェックは受ける必要があります。
家族信託は、本人がはっきり判断できるうちに契約しておけば、その日から信託契約に沿った財産管理を始められます。家庭裁判所での手続きは不要であり、契約の際に信託登記や公正証書作成が必要になるだけです。
一方の成年後見制度で支援を開始できるのは、判断能力が不十分となり、家庭裁判所での後見開始の審判の申立てを経て認められたときからです。後見が開始されるまでには少なくとも3か月程度の時間を要し、そのあいだは本人に法律行為をする能力(意思能力)がないため、財産の移動や売却・購入などが困難になります。
家族信託のメリットは、認知症への備えから相続まで、財産の管理と引き継ぎを柔軟に決めておける点です。運用中の資産などの重要財産がある人や、生前のうちから段階的に引き継ぎを進めたい人に適しているといえるでしょう。
賃貸物件の運営には、入居者や管理会社との契約対応から、修繕の実行、賃料の入出金、税申告まで多くの実務が伴います。オーナーの健康状態が悪化して意思能力を失うと、名義人の承認が必要な場面で手続きが止まりかねません。
そこで、あらかじめ子どもなどを受託者として信託契約を締結しておけば、オーナーの状態に左右されずに管理を継続できます。信託契約では賃料収入を受け取る人(受益者)を指定できるため、オーナーを受益者にして生活費の原資を確保し続けることも、配偶者を受益者にして大黒柱不在時の家計を支えることも可能です。
将来の「不動産の共有問題」や、遺産分割トラブルを避けたい場合には、親族を受益者として賃料の一部を受け取ってもらう設計も有効です。あらかじめ取り分を確保しておけば、相続の際に物件を売却したり共有にしたりせず、次のオーナーに単独名義で引き継ぎやすくなります。
中小企業の承継では、オーナー社長が保有する株式を信託財産とし、受託者(後継者)が議決権を行使できるしくみを整える方法が考えられます。この設計の強みは、オーナーの健康状態に左右されず経営の意思決定を続けられることです。事業再構築や再生など時間との勝負になるプロジェクトの最中では、意思決定の空白を作らない点はとくに安心です。
さらに、株主名義を変えずに社長としての権限を後継者に委ねられる点も利点です。後継者の育成が道半ばであれば、信託契約に現オーナーの「指図権」を組み込み、重要局面で助言や承認を与えられるようにしておくと移行がスムーズになります。
将来の相続時に後継者が納税資金に困る、あるいは遺産分割で株式が分散しそうといったリスクについては、受益権の設計で配当金の配分を決めて資金と取り分をあらかじめ確保しておくと良いでしょう。
財産を誰に、どんな順番で譲るかまで丁寧に決めたい場合は、後継ぎ遺贈型受益者連続信託と呼ばれるタイプの家族信託が適しています。このしくみでは、本人が亡くなったら配偶者へ、配偶者が亡くなったら長男へ、長男の次は孫へ――というように、受益権が順番に移っていき、最終的な承継先まで契約で指定できます。
上記の取り決めは、本来なら配偶者や子どもがそれぞれ遺言書を用意して整合をとる必要があるところ、家族信託なら1つの契約で完結します。配偶者がすでに認知症で遺言が難しいケースや、子どもが障がいを持ち長期の支援が必要なケースにも、この受益者連続の考え方を応用すれば、生活費や介護費の確保、管理者の指定などを含めて長い目線で支援設計ができるでしょう。
成年後見は、すでに困りごとが出ている、詐欺被害の予防を急ぎたい、といった状況で頼りになる制度です。具体的には、次のようにいえます。
物忘れが増え、契約や手続の内容を理解・判断するのが難しくなってきた段階では、成年後見の活用が現実的です。家族信託を新たに結ぶには本人のはっきりした意思が必要ですが、その前提が揺らいでいると、契約自体ができないかもしれません。この場合は、後見で「今必要な保護」を先に整えるのが近道です。
本人にまだ意思能力が認められるうちは、自分で後見人を指名できる「任意後見」が適しています。任意後見契約を結んでおけば、将来必要になったときにその後見人が活動を始められます。すでに意思能力が乏しい、またはないと判断される段階なら、家庭裁判所が後見人を選ぶ「法定後見」を申立てましょう。
お金の出し入れに加えて、住まい、介護、療養の判断が同時に必要なときは、成年後見が適しています。後見人には広い代理権が与えられ、家庭裁判所への定期報告が求められるため、日々の暮らしと契約の両面で「安心」と「見える化」を両立できるでしょう。
このあと触れるように、まだ元気な段階であれば、家族信託と任意後見を組み合わせ、財産の使い方は信託で、身の回りの支援は任意後見で補う設計も有効です。見守り契約を併用して日常の様子を定期的に確認してもらうのも、ある程度まで自分の身の回りのことをできる段階では良い方法です。
認知症対策や相続対策は、ひとつの制度・契約で完結するものではありません。遺言の準備や、家族との緊密なコミュニケーションも必要だといえます。
遺言書は「亡くなった後に誰へ何を渡すか」を示すことのできるものです。家族信託で信託財産に含めなかった財産の行方や、成年後見ではカバーしきれない相続の対策のため、遺言書は必須といえます。
遺言書を作成するときは、司法書士などの専門家を「遺言執行者」に指定しておくと、名義変更などの手続きがスムーズに進みます。
認知症対策・相続対策を1つのしくみでカバーするのは難しく、複数のしくみの組み合わせとなるのが基本です。たとえば、家族信託で「お金や不動産の使い方・渡し方」を決め、任意後見で「介護・医療の同意や身の回りの支援」を補う、という分担が考えられます。
日常の見守りや買い物・通院の付き添いなどは「見守り契約」や「財産管理委任契約」でカバーできます。あわせて、口座の運用ルール(代表者、連絡先、緊急時の手順)を文書にしておくと、急な体調不良でも家計が止まりません。不動産や口座の名義、権利証・通帳・マイナンバーなどの保管場所は家族で共有し、探し物の時間を減らしましょう。
緊急時に「誰が連絡窓口になるのか、誰がお金を管理するのか」をはっきりさせるだけで、いざという時に迷いが減ります。収支の明細やレシートの保管方法、確認の頻度(毎月・3か月ごとなど)も決めておきましょう。
急な入院・入所に備え、家族・主治医・ケアマネ・担当窓口の連絡網と、保険証・介護保険証・お薬手帳・本人確認書類のリストを用意しておくと、手続きが一気に楽になります。口座や重要書類の保管場所、パスワードの管理ルールを決め、アクセス方法を信頼できる家族に伝えておくのも良いでしょう。
家族信託は「将来の設計」を自分で決めたい人に、成年後見は「いまの保護」を急ぐ人に向いています。判断の軸は、目的(運用・承継か保護か)、権限(契約の設計か法定の代理・取消か)、タイミング(事前か事後か)の3つです。遺言・任意後見・見守り契約など組み合わせれば、弱点を補えるでしょう。
必要な対策は一人ひとり異なります。将来のことが不安になったときは、司法書士などの専門家に相談し、自分に合った「認知症や相続への備え」を探してもらうと安心です。